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  江戸の隠密 武蔵一族

          武蔵流忍法 

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黒鋼丸 Kuroganemaru 


☆江戸時代の忍者
戦国時代が終わり、泰平の世になると、忍者は本来ある姿を変え始めました。家康は、伊賀忍者や甲賀忍者の目覚ましい働きに感謝して、その功労に報いるため、江戸城の本丸、大奥、大手門といった重要部門の警備を任せるようになったのでしすが、これは敵方に潜入して命がけで諜報活動をする従来の忍者の仕事とだいぶ違うものでした。

このため忍者は、特技を生かしてさまざまな職種に鞍替えすることになります。薬に通じた甲賀忍者の場合、全国を渡り歩く薬販売の行商人となり、火術に秀でている忍者は花火師になったりしました。風魔の頭領だった小太郎は、盗賊となり江戸の町人に恐れられ最後には捕えられて処刑される羽目に陥りました。庭師として大名の邸宅に入って情報活動をしていた者は、本当の庭師になりました。古着屋になったり吉原で遊郭を開いた者もいました。後は宿屋、風呂屋、古物屋などといった職種が多いようです。資金もなく顧客にも恵まれない忍者は虚無僧や大道芸人になったりしました。

忍術の技術
忍術とは攻撃の術ではなく、隠密裡に侵入して重要機密を盗み出すことですから、もし、感知されそうになると、巧妙に隠れて逃げねばなりません。そのために敵の目をけむに巻く隠遁(いんとん)術がいろいろ考案されました。


中でも、樹木や草木を利用して身をくらます木噸(もくとん)の術、水かき、水蜘蛛などの水器をつけて川を渡ったり、筒を加えて潜水して逃げる水噸(すいとん)の術、大音響を発する投げ玉を投げて敵を驚かせる音噸(おんとん)の術、蛇、ガマ、蜘蛛、トカゲなどを放って相手の注意を向けさせる虫噸(ちゅうとん)の術、火のついた手裏剣などを放って敵の注意をそらせる火噸(かとん)の術、などがよく知られています。

それでも、追いかけられたら、どうするのでしょうか? その場合、目つぶしや菱まきという方法で追手の足を封じ込める方法が使われたりしました。ヒキガエルは皮膚から毒液を出すことが知られていますが、この粉には麻酔成分が含まれていることが分析でわかっています。これを煎じて粉末状にしたものを、トウガラシの粉末、木炭などとともに、タマゴの殻や竹筒に仕込んでおき、敵の顔目がけて投げつけるのです。敵がこれで目をやられ盲目状態になって慌てている間に、逃げるわけですが、鉄製の菱を巻いておけば効果はいっそう増します。暗薬(あんやく)と呼ばれて煙を大量に発生させる装置もあり、これで姿をくらますこともありました。

また、忍びの術は、言語術にも精通しておかねばならりません。昔は今とは違って地方色が大変強く方言になると外国語なみにわからぬほどでした。したがって、閉鎖的な地域社会に潜入する時は、よそ者と見破られないように方言もマスターする必要があります。しかし、実際問題、あらゆる方言に精通することなど簡単に出来ることではありません。島原の乱の時、甲賀忍者衆が、島原農民の立てこもる原城の奥深くにまで潜入しましたが、いくら聞き耳を立てても農民が何をしゃべっているのかさっぱりわからず、がっかりして引き上げて来たという話も残されています。

五感を高める訓練も欠かせません。そのために、密教などの修行をひたすら繰り返すことにより、研ぎ澄まされた精神統一と集中力を高めていきます。それによって、聴覚、視覚、嗅覚、味覚などが十数倍にもなると言われています。例えば、雪のひらひら落ちる音や線香の灰が落ちる時のかすかな音さえも聞こえるようになる。味覚一つ取ってみても、獣道か人の通る道かの区別が出来るようになる。人の通る道の土は嘗めると塩っぱい味がするからだそうです。

その他、普段から悪食に慣れて身体を強健にしておくことも絶対条件でした。そのための訓練として、食べられる動植物は何でも口にした。必然的に動植物に含まれる成分とか、それが人体にどのように効果を及ぼすかを身を持って体得するわけですが、薬効の知識も必要で日頃から研究していました。その結果、忍者は、さまざまな薬の作り方にも精通していたようで、毒消しの薬、胃腸薬、喉の乾きや便秘に効く薬、眠たくなる薬、眠れない薬、一時的に心がうつけ状態になる薬など、忍者はそうしたさまざまな用途に効く薬を携行していたと言われています。

このように忍術とは、自然界の現象を最大限に利用する反面、化学や物理、果ては人間の心理にも熟知しておかねばなりませんでした。役者なみの演技力も必要だし、月の満ち欠けなどの時刻を正確に知り、夜の山中でも現在位置を把握しなければなりません。つまり天文学と地理学にも通じておかねばならないというわけです。こう考えると、忍術とは人智の限りを尽くして到達した精神修行と科学的闘争手段の結晶と言えそうです。

今日、忍術が残したものも少なくなく、現代の日常生活に溶け込み生き続けていることも確かです。日常、「すっぱぬく」とか「すっぱ抜かれた」という表現で何気なく使われる言葉も、忍者を意味する隠語「すっぱ」から来ているものだし、忍びの術は現代人の処世術にも通じるところが多くあります。忍びの術の心得は、高度に複雑になった現代の情報社会を生きて行く上でなくてはならぬものだと言っても過言ではありません。忍術とは、状況の変化に応じて、時に耐え忍び、時に相手の心を読み、時に奇想天外な手段に出る。つまり、目標に到達するために変幻自在に対応できる精妙で合理的な考え方なのです。決して、不正をして人を惑わし陥れる術ではなく、最高度に完成された人間業の極地とでも言い換えることのできる戦術なのです。さらに突き詰めれば、弛まざる精神修行によって研ぎ澄まされた集中力の中にこそ、秘められた人間の最大の力があることを証明した科学的理論とも言えます。 

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