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  江戸の隠密 武蔵一族

 

          武蔵流忍法 

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武蔵一族の歴史

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柴田貞太郎(着席)他
遣欧使節一行

柴田家に伝わる古武器、
羂索(けんじゃく)。
写真は儀式用レプリカ。
紐の五色は結界を張ることを意味しています。索は縄手裏剣とも呼ばれています。

                        武蔵一族とは

武蔵(柴田)一族は柴田勝重(柴田勝家 孫)が徳川家康に仕えたため、江戸幕府の直参旗本・幕臣として隠密衆を配下に束ね、幕末まで徳川家とともに歩みました。江戸幕府の幕臣となりに柴田家に門外不出で伝承されてきた忍(しのび)や侍の武芸、工芸、ネットワークシステムは、武蔵流と総称されています。

日本史の観点で特筆できるのは、幕末時代の柴田貞太郎剛中です。剛中は外国奉行として配下の忍びたちを駆使し、外交に関する情報収集を行い、外国人の関わる事件の処理、開港事務などを担当しました。また、1862年には遣欧使節団の組頭として開港延期交渉、樺太国境交渉などに関わっています。 (参照:
外国奉行 柴田剛中 ja.wikipedia.org/wiki/柴田剛中

貞太郎の長男、専一龍之丞は明治から昭和にかけて軍団を率い、戦国時代と同様の仕事を請け負っていました。しかし、80年前、ある事件を境にクリスチャンとなり、キリスト教の救世軍士官(牧師)となったため、その軍団を解散し、家財を売払い、韓国の忠青北道永同邑で救世軍病院建設や救援活動などに従事しました。

貞太郎の孫である、柴田仁一朗は日本古来の武器を専門とする職人となり十手工房を営むかたわら、武友の佐藤金兵衛先生、松尾剣風先生、名和弓雄先生との武芸交流を行い、家伝の武芸を指導し、武蔵一族を新たに組織しました。また、この間、鉱山開発にも携わり、代々伝ええられてきた忍び特有の知識(気候・薬物・爆薬など)も鉱山調査活動に活かして現在に至っています。

現代の武蔵一族は伝統文化を伝えるために柴田家の工房に集った一同とともに組織・発展し、修行の一環として武術、忍術を通して心のあり方を伝え、伝統的な鍛冶製法や甲冑着用等の体験を通し多くの人に伝統を広く伝えていこうと考えています。

現在、いまだに忍として生活している一握りの修行者達がおります。私どもにとって、忍とは自らの使命を全うするために心と力を尽くしつつ、自らの心の上に刃を置き、自らを律し、修練を生活の中心にあてる者です。

幕末時代、いち早く英語、フランス語を習得し、実務レベルで活躍した柴田貞太郎の先見性に習い、国際親善・交流活動を遂行していくのが天から与えられた使命だと考えています。

             武蔵一族の沿革

1908年頃 16代 専一龍之丞 柴田日向守を偲ぶ会 解散
1951年   17代 仁一鉄聞斎 十手工房 設立
2004年   18代 朱雀 忍びの衆に参加 
2008年   アーバン忍者東京 (後の武蔵一族) 設立
2010年  時代アカデミー 設立
2013年  アーバン忍者東京を武蔵一族 に改名

2014年  武蔵一族合同会社 設立

武蔵流忍術 予告編 by 武蔵一族×exfitTV (YouTube)

       古武道は、生死を決する緊張感を持って己の道を探し出し、武術を練磨し、その道を実戦していく
   生き方である。-- 
道」の伴わない「武術」は危険であり、「術」の伴わない「武道」は空論に等しい。

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